【あれから7年か。】

2011年3月11日(金)時刻は15時頃でした。

当時は埼玉に住んでおり、19歳で大学1年生、
近所のセブンイレブンでアルバイトをしてました。

父親は仕事で、母親は夜勤、弟は修学旅行に飛び立つ日で、
羽田空港にいたんですよね。

.

その日は母と二人で昼食を終え、
"午後のロードショー"なんかを見てたのですが、
突然、地震の警告を示すアラートが鳴り出し
「あ、またいつもの誤報か」
なんて思ったとこを覚えてます。

ですが少しして、強い縦揺れが起こり、
食器棚が大きな音をたて、インテリアが倒れ、
液晶テレビはグワングワンと前後に揺れて。。。

"いつもの誤報"ではないことに気づいたんです。

どうしていいのかアタフタしてる僕は、
母の「テレビ押さえて!!」のすごい剣幕の一言で
我に返りました。

揺れが落ち着いてきた頃、
テレビではヘリコプターによる
現場の中継が始まってました。

車を置いて必死で逃げる人、
その直後に到達する津波。。。

母とした「今の人、絶対死んだよね。。。」
なんて会話、今でも結構なトラウマです。

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東日本大震災に関しては、
そんなに怖い思いをしたわけではないんです。

でもこれだけ思い出せるってことは、
非日常的な出来事でそれだけ印象が強かったんだと思います。

「もし、自分がこの場にいるときに巨大地震が起こったら」
なんてのはふとしたときに
常々考えるんですよね。

"家でくつろいでるとき"
"電車の中"
"仕事中"
"横浜まで買い物に行ってたら波は来るのかな"
"どっち方向に逃げるのが一番安全かな"
"一番、助かる選択肢はなにかな"

とかとか。。。
とる行動としては

"我先に、他人を押し退けて逃げる"
"誰かの誘導に従う"
"誰かのために、避難させることを優先する"

くらいの選択肢かと思いますが、
どれも"正解"って無いと思うんですよね。

"誰かの誘導に従って、果たしてそれで本当に助かるのか"
"業務の立場上、周りの誘導を優先させなくてはいけないけど、死んでしまったら元も子もなくない?"
"もし、パニクったら"我先に"で逃げてしまうかも"

なんて。。。

もし、自分の大切な人がその場に直面した、
"我先に"で逃げてほしいし、
"他人の誘導をしてて犠牲になった"なんて
絶対になってほしくないんですよね。

正解ってないんです。

.

でも"個々の最善であろう行動"ってのはあるんですよ。

地理的な事であったり、
車のキーを刺しっぱなしで逃げるとか、
応急手当の知識とかとか。

知識を持っておくと、自分も助かる確率は上がるし、
他人を助けられるかもしれないんです。

「なるべく自分の命を優先したとしても、個人個人が他人も助けられるくらいの知識を付けておくべきだなぁ。」

と思った朝でした。

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